文系廃止の意味するところ

文科省が文系学部の縮小を発表しましたが、日本は科学技術振興をさらに国が推進し、首相がいう新しい産業を創り出すことに貢献する人材を育成すべき、という趣旨、などと簡単に受け流して、大丈夫なのでしょうか。国の最高学府の教育方針が変わるというのは、この国の教育全体の目指すところがその方針に向かって帰着するということです。理系の人々は哲学も文学も本当の歴史も倫理も学ぶ必要がなく、むしろ学んでもらっては困る、理系どころがそういうものを主に学ぶ文系の学生が、ともに大学にいてもらっては不都合だ、という政府の意図が見え隠れしているように思えてならないです。人は本当にドローンが荷物を運ぶような”新しい産業”が支える社会に住みたいのでしょうか。今本当にすべきは第一次産業こそ国の根幹ととらえ、さらに介護、福祉、教育(国の意図から自由な)などを重要産業として、これらの仕事こそ一番に魅力がある(収入も含めて)社会を目指すべきではないでしょうか。文系を卑屈に扱うのも、冗談のレベルでしたら笑っていられましたが、いつの間にか考えることすら縛られていくような危機感にさらされ、笑っていたら大変と慌てています。